同じ高校に進んだ中学の同級生は二人だけだった。どちらもおなじ小学校の連中ではなく、一人は卓球部でレギュラーだった人だった。割り当てられたクラスは全員ばらばらで、事実上あたいの周りの環境から中学の残り香が消え去った。
中学時代に見出した、暗黒時代の痕跡が薄くなればなるほどあたいの心が落ち着く法則はここでも有効だった。だれもあたいを知らない環境、ついにあたいがやり直せる環境に身を置くことができるようになった、あたいも人並みにいろんなことができるようになる、そう信じていた。
でも、思わぬところに壁があった。環境が変わったとしても、あたいの内なるものが変化できなければ何もできない。あたいは過去のある一点から完全にストップしてしまっていたのだった。周りを排除することによってあたいは自我を保っていたけれども、そのせいでコミュニケーションの能力の低さと人間関係の距離の取り方は全く分からなかった。
だからこそ、その時つながりを作ってくれた人たちには深く恩を感じているわけなんだけれども、それはまた別の機会に語ることとしよう。今はあたいのことを純粋に語らなければならない。
人と、特に同年代の人とどう話せばよいのか分からないという子の問題は、異性に対して顕著だった。高校では文芸部に入ったのだけれども(そのまえにちょっとだけ卓球部にいた)、その部活は女性しかいなくて、あたいが唯一の男だった。
当然、初めはまともに話しもできなかったと思う。文芸部とはいえ、活動の99.999%はだべるだけという部活だった。ある意味、あたいに最もできないことを要求される環境だった。特に最初の数か月はただ座って聞いているだけで、部活がお開きになるなりすっと一人でいなくなるというのがいつもの流れだった。
けれども、人はどうやら慣れるようで、しばらくしたら一緒に帰れるようになった。ただその時もしゃべるなんてしなかったし(そもそも話のタネが合わない、というかあたいにはなかった)、ただただ駅まで一緒に向かうだけだった。とはいえ、昔のあたいに比べればおおきな進歩だった。女性とかかわりをもつだなんてまずありえなかった。
そんな人間としての前提がなにやらおかしくなっているあたいが異性と言葉を交わしたのもこの高校だった。初めて交わした言葉をあたいはよく覚えている。あたいと同じく文芸部に所属していたクラスメイトの女性だった。彼女のメールアドレスを確認したのが初めての会話だった。この会話のちょっと前の部活で、ちょうどメールアドレスを教えるということがあって、あたいはそれを盗み見てメモをしていたのだった。
「あんさ、糸(筆名)のメルアド、これ?」
「2年になってついに意思疎通できたな」
2年の中盤といった時期だった。
あたいが自分自身の心の変化を実感した時期であるとともに、変わらなければならないと強く考えるようになった時期でもあった。しかし同時に、あたいにはその願望をこなすだけの素地を持ち合わせていないという大きな問題を抱えているのに気づいた。そして、徐々にだけれども、高校の3年間がその素地を作り上げてきたのである。
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