ひさびさに鬱展開中。
発端は、「遺作に原稿を出したって、誰も読まねーよなあ」と思ったところから。
そもそもあたいの読んでる人がいるの? という考えに、いると答えられる証拠がない、と自答して、ゲンナリ。
読む価値のないようなものをかくあたいにも価値がないんだろうなーと思ってぐったり。
いっそのこと死んでしまいたいと思いながらも、死んだとしてもだれも気付きはしまいとおもって、死んでやるものかとおもったけれども。
なんだか死ぬよりも苦しい状況にある気がしてげっそり。
こんな小説かいて、だれが読んでくれるんだろう? と思ってばたり。
あたいから小説を取りあげたら脂肪分しか残らねえよ、と内心で訴えて、またぐったり。
結局のところ、あたいが部活の中でもっと創作を引っ張っていければよかったのかな、とゲンナリ。
かつての部活の方針会議で反対をしてなければもっと自分には居心地のいいばしょになってたんだろうなー、と後悔。
創作をしない部員会議でグダグダ非難する人たちの矛盾を一喝できればよかったのにな、ともっと後悔(あーこれが日本における『社会』『世間』の概念かー、と納得したけれどね)
早いところ退部して新しく団体を立ち上げればよかったなー、と後悔。気づいたときには遅かった。
結局いつもとおんなじことを考え込んでゲンナリにぐったり。だから思い出とかそういうのが嫌いなんだ。想い出づくりと称してつくった記憶にいやな記憶が取りつくんだよ……
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